滝小字上出集落の山裾に、茅葺き屋根にトタンを被せた観音堂があり、この寺は無住で上出地区8戸のみで護寺管理を続けており、正式名を「慈雲山元龍寺」と称し、甲賀西国三十三観音霊場第八番札所として、遠近を問わず参詣者が訪れています。
 元寇の役(1274)後、弘安7年(1284)佐々木六角の招きにより多喜に住し、多喜姓を名乗り土着して、多喜家の元祖となった、初代多喜彦太郎家継の子、康氏の二男(彦太郎の孫)に当る来峰和尚の開山と伝えられています。「和尚は時の南北朝の動乱の鎮護を祈願するため、十一面観音を本尊として滝上出に元龍寺を開山した。」との記述があります。
 本尊の十一面観世音菩薩立像は、木造等身大(実像の姿は聖観音)で平安中期の秀作と云われ秘仏となっており、年1回8月10日に開帳が行われています。
 昭和47年甲賀町指定文化財となり、現在は市指定文化財です。県学芸員による仏像詳細調査の実施により、尊像は頭上面を亡失しているが、当初より十一面観音であることは明らかである。との事が解明され、同時に防虫、防湿対策が急務の指摘により、上出8戸が大きな課題を受け、護寺管理に歩んだ。以下経過概要の一端です。
 昭和61年、尊像燻蒸(琵琶湖文化館)。
 平成10年、県立近代美術館の要請を受け、「近江路の観音さま展」に出展。平成14年、栗東歴史民俗博物館の要請による、尊像燻蒸と併せ「近江の彫刻、湖南・甲賀の十・十一世紀展」に出展。 平成15年県学芸員の指導による数百年に一度と云われる本尊修理(平成15年9月~平成16年3月)。元龍寺の年間行事、月並念仏講、年1回の8月10日の開帳には、本尊の直接拝観を臨む遠隔地からの参詣者が訪れています。
 本尊修復10年を経て、更に本堂の老朽化が進み、その対策の難課題を抱え、観音霊場札所を分担する一寺院として、また市指定の平安文化財を護るため、8戸(在住7戸)が一致して護寺管理に務めている現状です。

 


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