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H.V.S通信 vol.25 1998年(平成10年)11月




レニは
生きている



 レニ・リーフェンシュタールは、ずっと気になっていた人物のひとりである。本格的に彼女に興味を持ったのは、『レニ』という映画だった。これは、彼女の半生を追ったドキュメンタリー映画で、1993年に製作され、日本では1995年に劇場公開されている。この映画では、レニへのインタビューの場面がたびたび登場する。1902年生まれだから、撮影当時、彼女は実に91歳なのだが、たしかに顔にはものすごく深い皺があるけれど、背筋がピンと伸びているし、足もまっすぐ伸びており、とてもそんな高齢には見えなかった。

 レニは、もともとダンサーだったが、たまたま見た映画のポスターに興味を持ち、そのまま映画館に入ってすっかり映画にはまってしまい、女優の道を選ぶ。しばらく彼女は女優を続けていたものの、自分が主役する映画の監督までやってのけてしまう。その監督処女作『青の光』(1932)が評判となり、ベネチア国際映画祭では銀獅子賞を受賞。そしてこれが、ヒトラーの目に留まり、ヒトラーは、レニにナチスの記録映画の監督を依頼することになるのである。まだ1本しか映画を撮っていないレニ。しかも当時の女性の立場を考えると、ヒトラーがレニに監督を依頼することは違例だったのではないかと思われる。その証拠に、ナチスの注文に応じた最初の映画『信念の勝利』(1933)は、レニ本人も自分の作品とは認めたがらない出来だった。ナチスから撮影の妨害をたびたび受けて、思いどおりに映画がつくれなかったからだと言う。だが、次につくったニュルンベルグ大会の模様を中心に据えた『意志の勝利』(1935)が、ドイツのみならず、国際的にも成功をおさめてしまう。こんにち、史上最強のプロパガンダ映画とも言われる映画である。わたしは、『レニ』以前に『意志の勝利』を観ていたが、初見のときは、プロパガンダ映画というよりも、コンサートのドキュメンタリー映画のノリに近いなと思ったし、これは、こんにち作られている映像のテキストのような映画だとも感じた。完璧でありながら実験に満ちており、今、私たちが浴びるように見ることが出来るどんな映像よりも新しく感じられた。
 『意志の勝利』の翌年の1936年に、レニは、ベルリン・オリンピック大会のドキュメンタリーを監督することになる。これもヒトラーの注文である。ベルリン・オリンピックとは、「前畑ガンバレ」のオリンピックであり、聖火リレーが誕生したオリンピックである。映画の題名は、現在でも、世界の名画ベストものでは、たいてい上位にランキングされる名高い『民族の祭典』『美の祭典』。レニは撮影後、1年半も編集室にこもって完成させたというこの映画を、残念ながら、わたしはスクリーンで観たことはないのだが、今年の2月、たまたま立ち寄った映画専門のショップでビデオソフトを発見し、即購入した。家に帰ってビックリ。アメリカ公開版だったのである。映像を見て、さらに驚くことになる。星条旗がドでかく翻っていたのである。

 先月、ある方から『民族の祭典』『美の祭典』のドイツ版を送っていただいた。そして再びわたしは驚くことになった。ドイツ版では、ドイツ国旗だけでなく、各国の国旗が翻っていたのである。そして、当然のことかもしれないが、アメリカ版よりもきれいな映像だった。 ビデオを送ってくださった方から紹介してもらった本、『オリンピアナチスの森で』を、今読んでる最中である。これは、評論家の沢木耕太郎氏が書いたベルリン・オリンピックについての本で、今年の5月に出版されている。沢木氏は、この本のために、遥々ドイツまで出かけてレニに会い、取材しているのである。
 つまり、レニは生きている。

 今年96歳。この本によると、レニは一時期体調をくずしたものの、現在は復調しており、なんと映画を製作中だという。戦後、レニはナチスの協力者ではないか、という疑惑は、裁判にて無罪という形で解消されたものの、彼女は皮肉にもマスコミの餌食となり、映画を撮ることは許されない日々が続いていた。生きがいを奪われた彼女の孤独は、計り知れない。だが、彼女は、写真家として再出発を試み、さらには70歳にしてスキューバーダイビングの免許を撮り、96歳の今、海底の映画をつくっているのだという。
 美しいと感じたものをひたすらフィルムに刻み続けてきた彼女が見た海底は、どんな美しさでフィルムに刻まれているのだろうか。そして、20世紀をほぼ生きているレニの最新作を、果たして、わたしたちは観ることができるのだろうか。
(上村秀裕/碧水ホール学芸員)



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