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HVS通信 vol.63 平成15年(2003年)8月 Hekisui Hall volunteer staff original since 1995


HVS通信 vol.63
2003年(平成15年)8月
野村誠(三輪真弘)...1
9月10月の碧水ホール....2
 ガムランコンサート『桃太郎』(中村道男)....2
坂本善三美術館(いわいがく)...3
シリーズ文化経済基礎論(小西広恵)....3
●悪くないぜ、30代(井上陽平)....4

悪くないぜ、30代。
 
 通信61号の南さんの原稿を読んで、こんなん書きました。南さん、いろいろ あるけど30代はなかなかいけまっせ。

 秋になると天が高くなる、ということを実感できたのは30歳の時だった。そ れ以外にも「外から音がしないから雪が積もったとわかる」とか「雨のあとに 涼しくなるとは限らない」とか、自然現象のことを皮膚感覚で感じられるよう になったのは全部30歳を越えてから。それまでは空も海も、もちろん地球なん て気にも留めなかった。  「悔しくて眠れない」ということをはじめて経験したのも30歳。正しいこと を盾にある人に徹底的に見下され、反撃ひとつ出来なかった。ふとんに入って 数時間粘ったけどダメで、朝まで文を書き続けていた。正しいことを言う人は 正しい人とは限らない。一緒に悔しい思いをしだだろう上司は、その文を読んで「わかるよ」という風にうなづ き、「これはここだけの話にしておきなさい」と言った。
 結婚したのは31歳。なんとなく「この人なのかも知れない」と思う人はい た けれど、このときは「この人でなければダメなんだ」と思った。一番会い たいときに会いたいと言えて、一番結婚したいと思ったときに結婚して欲しい と言えた。関係が壊れかけた時に「壊したくない」なんて言ったのもはじめて だった。世の人は「結婚は“勢い”やで」とよく言うが、確かにあんなに自分 の恋愛に“勢い”があったのはこの一度だけだ。世の人は、なるほど上手く言 う。
「むかつく」という言葉が初めて体感できたのは33歳だった。ある人が怒る うちに論点がずれ、昔のこととか友達関係にまで文句をつけ出した。本気で腹 が立った。そうすると本当にみぞおちのあたりが熱くなる。怒りつつも、「す げぇ!怒ると本当にむかつくんや!」ともう一人のチョケ役の自分が、つっこ みを入れた。 34歳になって、「世の中にはいろんなことがあるし、いろんな人がいる」 という
当たり前のことをどうしても受け入れられなくなった。許せない ことが多すぎる。そして一番許せないのは表面では受け入れたふりをしてい る、そして「これがいいんだ」ということを示せない自分。この自分にオトシ マエをつけられない焦りがどうしようもなく襲ってきた。エリック・クラプト ンはインタビューで「確かに僕は名声も富も幸せな家族まである。でも、それ 以外にも自分で決着をつけなくてはならないものがあるんだ」と言った。今も この決着を求めて、思い切りと引っ込み思案を繰り返している。
 35歳で子どもを授かった。考える「未来」のスパンが50年伸びた。正直、 今でも仕事のトラブルなどで「アイツ(もちろん同僚である。)をぶちのめしたい」と思うことがある。 でもそんな時には、必ず自分の子どもがぶちのめされる夢を見る。そして朝、 ぶちのめしてはいけないとつくづく思う。今子どもは最大の「良心」として心 の中にドカン、と座ってくれている。
 36歳で感じたのは圧倒的な寂しさ。自分と全く同じ感覚を持つ人はこの世に はいない。当たり前だけれど、わかってはいたけれど、違う人から受ける刺激 もいいけれど、疲れた果てたとき、やっぱり自分の心のひだまでぴったりと合 う人が居て欲しいと思う。でも家族にも友人にもいない。一人一人違うのが当 たり前なら、寂しいのも当たり前。アルコールの量を飛躍的に増やしながら、 今もゆっくり納得していこうとしている最中だ。
日々の沈滞に苛立っている37歳のある日、運転席の下に落ちたお金を拾おうとしたら手がレバー にひっかかり、抜けなくなった。必死で車を止めたあと、大笑いした。お金を 離せば手はあっさりと抜けたのだ。それにも気づかず必死でお金を取ろうとす る自分のばかばかしさよ。大笑いしながら思った。最低の一日には何かばかば かしくもちょっとうれしい出来事が起きている。お菓子をおすそわけしてもら えた、即席ラーメンが思いの外うまく作れた、若い女性の下着がちょろっと見 えた・・・。こんな時に神様を感じる。「案外悪くないぜ、この世の中も」な んて言ってくれている気がする。キリストやお釈迦様みたいに
エラくはないけ れど、自分の神様は、ちゃんと居る。

30代はエキサイティングだ。もうひりひりした神経がむきだし、って感じが する。今まで感じられなかったものや頭だけでわかっていたものが、皮膚感覚 でガンガン迫ってくる。親類や友人の不幸や死などという現実も必要以上に近 くにある。崩れゆく人の哀しみ、暴れる人の持っている不安、普通の人の持つ 暴力、常識のカラクリ、なくなっていない差別的発想、自信の持つ罠、こんな 世の中でも懸命にがんばる人の存在。いろんなものに気づいて驚いたり悲しん だり絶望したり興奮したり大変だ。
 一方で何が自分にとっていいのかも、10代や20代に比べてわりとはっきり 見えてくる。何をするのか、何が好きなのか、何が許せないのか、などが人に 流されずに見えてくる。ひねくれながら育った自分としては、歳をとるにつれ てどんどん純粋になって行く感覚がある。
 自分の人生は多分半分を折り返した。でも10代の頃には「おなじ日の繰り 返しだろうな」と思っていた30代は「終わり」でもなく「あがり」でもなく、 またもや始まろうとしている。自分にとって30代はあと3年ある。すごい楽し みだ。もちろん楽しいことばかりでないことはわかっている。仕事だって20代 の時より数倍忙しくなっているし、それどころじゃない日々もたくさんあるか ら、一時休憩も一旦停止もしょっちゅうする。10代の自分は、その一旦停止を 「大人は同じ日を繰り返している」と勘違いしていたに違いない。
  でもまだまだ気づいていないことがあるはずだ。40代になったら何に気づ いて、何がどうなるのだろう?50代は?そのエキサイティングさに体がもつの か、そっちの方が心配になってきた。明日は自転車で遠くまで出かけてみよ う。
・・・・
こんな感覚って、もしかしたら普通、20代くらいまでに経験してるの?だと したらその人たちを尊敬してしまうなぁ・・・
( 井上陽平・HVS)

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